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PERSON人を知る

  • 鈴木恭輔
  • 鈴木恭輔

為替 と FinTech 両方備えた社員

  • 2021年入社
  • 鈴木恭輔

為替編

祖父・父が銀行員で、小さな頃からモルガン財閥の話やリアリティが有る経済の話を耳にするような環境で育ったこともあって、自然と金融の世界に興味を抱くようになりました。とはいえ、大学卒業は2001年の大不況時で就職氷河期真っ只中。それならば無理して就職をせず、奨学金制度を活用して大学院へ進んで腰を据えて勉強したほうが良いと判断。主に統計学を専門として、途上国の経済開発を研究テーマとしていました。お金が回ってはじめて社会、世界は回る。そんなダイナミクスを世界銀行や、IMF、国連、アジア開発銀行などの第一線で活躍中の先生方から直接学ぶことができたことや、寝る間も惜しんで研究に熱中して学術雑誌に自身の論文が掲載されて学会で発表をした経験は大きな糧となりました。

大学院修了後の2003年、新卒で住友信託銀行へ入社。大阪の本店配属となり、大阪淀川3区から兵庫県姫路市までを担当エリアとして法人の新規開拓営業に励む日々が始まりました。朝早く出社して企業リストを整理し、まだ Google Maps のない時代ですから、紙の地図にピンを刺してから営業車に乗って出発するのがルーティンでした。通常の銀行業務に加えて不動産や年金信託等、幅広い業務をも取り揃える、信託銀行ならではのビジネスを通して、どんな切り口であればお客様に Win-Win な提案ができるかを「現実的に」見定めるスキルが鍛えられたと自負しています。 とはいえ、学生時代学んできたことが活かせていないギャップを抱いていたのは事実です。そんな中、貿易会社の多い兵庫県という土地柄が幸いしてか、デリバティブをはじめとして、「為替」の持つインパクトに興味を惹かれていったのです。そこで、マーケット部門からの社内公募へ立候補。入社3年目にして晴れて為替ディーラーに仲間入りすることができたのです。

当時は景況感も悪くなく、ゴールドマンサックスやドイツ銀行等をはじめとした大手の外資系金融機関が本格的に参入してきた群雄割拠の時代。やりがいに満ちあふれていました。このまま異動などすることなく、為替ディーラーの道を極めていきたいと考えた私は、2006年、大学院の後輩が勤務していたご縁があったBNPパリバへ転職しました。もちろん、外資系ですから成果がでなければクビになる世界。だとしても、グローバルな先端技術を学びたい、まあ、氷河期世代で失うものもないし、チャレンジしようという一心だったことを思い出します。

ところが転職早々、リーマンショックが起きました。自分もいつどうなるかわからない状況。それでも、「現実的」に何ができるかを冷静に考えることに立ち戻り、取引対象が為替や金利となっていた守備範囲を超えて、株のブロックトレードをクロスセルするなど、お客様のお困りごとに総当たりで提案をしていきました。そのおかげか、紙一重で首の皮一枚つながって生き残ることが出来たわけですが、今振り返ってみると、住友信託での新規開拓営業で培った Win-Win な提案ができるかどうかを「現実的に」見定めるスキルが役に立ったのではないかと思います。

2011年からは、ソシエテ・ジェネラルにジョインし、為替のディーリングをしながら、金融機関・事業会社向けのビジネスを考えていく立場となりました。金融メディアにも定期的にコメントをさせていただくようになったのもこの頃です。正直、あまり本業につながるメリットはないのですが、ディーラーの使命というか、「為替」のおもしろさ、トレーダーの見方や視点を伝えていくという一種の社会貢献性が自身のモチベーションになっていたと考えております。

外国為替市場は月曜日から金曜日まで地球上を切れ目なく続く特徴を持つ唯一のマーケットです。ニュージーランドのウェリントンから始まり、東京、香港、シンガポール、パリ、ロンドン、ニューヨーク……。マーケットの世界の流れを全身で感じられる、そんな現場がここにありました。金融パーソン、そして為替ディーラーとしても、景気が復調に向かっていった時代背景の良さも相まって、ビジネスの発展に腰を据えて挑戦ができた10年間でした。

FinTech編

ITに関わる人でしたら、一度は「シンギュラリティ」を想像したことがあるでしょう。「AIでなくなる仕事」みたいな言葉が世間を賑わせていましたよね。実は金融業界では、それいち早く起きていたんです。たとえば、ゴールドマンサックスでは、2000年には600人以上在籍していたトレーダーが、2017年時点ですでに2人に減り、代わりに200人のエンジニアによる自動株取引プログラムが稼働しているというニュースは衝撃的でした。

外資では、どんどんエンジニアが増えていく一方で、日本の金融業界はそうなっていないわけです。では単純に真似すればいいかというと、国内の金融機関がエンジニアを雇ったとしても、私にはうまくいくイメージが持てなかったんです。

そんなふうに悶々としながら過ごしていたのですが、ある住友信託銀行時代の同期と会った際に、常々考えていた「AIで運用するヘッジファンド」の構想を伝えてみたわけです。実はその同期こそ、他ならぬ松田敏之(両備ホールディングス代表取締役社長 兼 両備システムズ代表取締役社長)。「じゃあ FinTech、一緒にやってみようか」と、現場でも事業立ち上げの話がスピーディーに進みました。一人でもやろうと思っていたことだったので、私にとっては、信頼できる心強いパートナーに出会えたと言えます。

そう、金融パーソンにITをインストールするよりも、エンジニアに金融やマーケットに対する知見を共有し、ともに成長していく方が、物事がはるかに早く進んで理に適っている、というのが私たちの考え。データの扱いに長けている、現象をモデリングできる、ルールベースで組み立てられる、エンジニアはそうした強みを持つ存在ですから。

実際入社して蓋を開けてみると、正直期待以上でした。両備システムズのエンジニアというのは、為替という明るくない分野でも、こんなに知識をスポンジのように吸収し、一度狙いを定めてしまえば、こんなに有機的に動くものなのかと驚きました。

激動の金融市場に対峙することができるAIアルゴリズムを開発し、自社でファンドを立ち上げ、自らマーケットに出て行き動かぬ証拠となる結果を作る、そしてさらに改良したうえでお客様に提供していく。そんな私たちのビジネスモデルは、野心的かつ、前代未聞。だからこそみんなのワクワクの源泉ですし、金融機関にも他のIT企業ではできない、両備システムズグループにしかできないものだと言い切れるのです。

鈴木恭輔

応募者へのメッセージ

私自身が就職活動をしていた頃を思い出すと、「大企業のほうが安定しているし、幅広い経験が積めそう」というイメージを抱いていました。そのイメージに囚われ過ぎるのも良くない、ということをここではお伝えしたいです。

というのも、大きな組織の中で仕事をするというのは、ある意味「配属ガチャ」に左右されるということでもあるからです。個々人の「キャリアデザイン」の重要性が謳われるようになっていますが、大企業ではそんな道筋を立てるのは逆に難しい場合もあります。

実際、大企業に就職した同級生たちに比べて、私が新卒入社した住友信託銀行は大手とはいえ他の大手金融機関と比べるとコンパクトで、一定の応募資格を獲得さえすれば自らキャリアを選ぶことができ、結果的に専門性を磨くことができたわけです。

また、巨体であればあるほどスピードも方向転換も容易ではありません。このVUCA(Volatility・Uncertainty・Complexity・Ambiguity)と言われる激動の時代に、投資の決断の遅れは致命傷となり得ます。その点、両備グループ/両備システムズグループは、経営陣による迅速な決断と、コンパクトで身軽な組織の集合体という体制が強み。私がカンパニー長を務める Financial AlgoTech Company の立ち上げの経緯、そして存在こそがその証左に他なりませんよね。

逆に言うと、Financial AlgoTech Company は、両備システムズグループの特異性の一片に過ぎません。ともに学びながら、IT を活用したわくわくすることを、どんどん企てていきましょう。

 

 

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